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大河ドラマアンコール 風林火山 第46回「関東出兵」のネタバレとあらすじと感想。

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「風林火山」は、2007年1月7日から12月16日まで放送された大河ドラマです。

2017年4月からNHK BSプレミアム日曜昼12時の大河ドラマアンコール枠で再放送されています。

2018年2月18日に放送されたのは、第46回「関東出兵」です。

前回、駿河の今川義元(谷原章介さん)が尾張の織田信長に桶狭間で討たれ、亡くなりました。

一方、再上洛から帰った越後の長尾景虎(GACKTさん)は将軍足利義輝から正式に関東管領を継ぐ許しを得て、上杉憲政(市川左團次さん)の求めに応じ、関東へ出兵する事を約束したのでした。

景虎の動きに警戒を強める武田信玄(市川猿之助さん)。北条を助けるために動こうとします。

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しかし、山本勘助(内野聖陽さん)は、景虎の矛先を信濃に向けさせ、決戦を挑まねばならないと進言します。

景虎はどう動くのか?

前回の第45回「謀略!桶狭間」を見逃した方は、是非こちらをどうぞ。

大河ドラマアンコール 風林火山 第45回「謀略!桶狭間」のネタバレとあらすじと感想。

それでは、第46回「関東出兵」のあらすじと感想です。

目次

四郎が諏訪勝頼に

永禄3年、四郎(池松壮亮さん)は元服し、諏訪四郎勝頼となりました。信玄は、勝頼に諏訪家を継がせたのです。

元服式には、諏訪家重臣の諏訪満隣(小林勝也さん)、高遠城代の秋山信友(市瀬秀和さん)も出席しました。

勘助は勝頼の姿を見て、かつて由布姫(柴本幸さん)に自分が「甲斐の子でも諏訪の子でもなく、天下人の和子になりましょう。この勘助がそうするのです。」と言った言葉を思い出していました。(第21回「消えた姫」)

川中島に城を築く

勘助は、信濃、牧城の香坂虎綱(田中幸太朗さん)を訪ね、川中島に城を築く事を話します。

城を築く予定の八幡原に近い場所は平坦な土地ですが、尼飾城、鞍骨城、寺尾城などの山城に囲まれているので、長尾勢から攻めにくい場所であると勘助は説明します。

長尾勢との戦場は、八幡原になると予測されるので、敵が侵入してくれば城が退路を断ち、またその先へ進ませないようにする役割をも担う城となります。

信玄が、その城の城代を香坂に任せようと考えていると勘助が伝えると「この戦に、諏訪の勝頼様が初陣なされるとお考えで?」と香坂は聞きます。勘助は、勝頼に景虎を討ち取って欲しいと考えていました。

しかし香坂は、勝頼は城から出てはならないと言います。大戦になれば、信玄、義信(木村了さん)、信繁(嘉島典俊さん)、信廉(松尾敏伸さん)と武田家の人が出陣する事になる。武田の家系が絶えるかもしれない。絶えさせない為に、勝頼をこの城で守り抜かねばならない。と香坂は言うのです。

今までの勝ちは、景虎が領地を欲しがらないと見越しての勘助のはかりごとで勝ち取ってきたものであり、戦で勝つのはそう容易ではない。

次は勘助の策で負ける、と遠回しに香坂は勘助に伝えてきたのでした。

香坂は、今までのやり方のままでは危ない、と言いたかったのでしょうか?景虎という人物を甘く見過ぎているという忠告でしょうか?軍師の世代交代もにおわせる一場面でした。

景虎の関東出兵はじまる

永禄3年8月29日。景虎は関東管領、上杉憲政(市川左團次さん)を奉じて春日山城を出陣、三国峠を越え関東へ侵攻しました。関東管領の覇権を取り戻す為、北条との戦に臨んだのです。

北条氏康(松井誠さん)は、里見氏の上総久留里城を攻めていましたが、景虎の出兵を知ると、急ぎ武蔵国、松山城に入りました。

そこで北条綱成(石橋保さん)から、景虎が上野に攻め入り、沼田城、岩下城、飽間城を攻め落とし、厩橋城を乗っ取り、本陣を置いたとの情報を聞きます。

上野衆は次々と長尾に下り、厩橋城に集まって来ており、北武蔵まで勢いが及んでいるとの事です。

厩橋城に、憲政の家臣、長野業政(小市慢太郎さん)が参陣してきました。忠臣の登場に憲政は喜びます。

長野は景虎に「何とぞ我が主の事、頼みまいらせまする。」と憲政の事を頼むと、景虎は「本日より、そなたの主はこのわしである。」と言い返すのでした。

さらに氏康の事を「無理をしない」人物だと評した長野の言葉に「その無理をせぬ氏康に、やすやすと関東を奪われてきたか。」と言い、元上杉家臣たちは黙り込むのでした。

身分とか礼儀を重んじる景虎なのに、様子がおかしいですね。上から目線です。怒りを買っていきそうな雰囲気です。

かつて嫡男竜若丸(太賀さん)を北条に殺されたので、憲政は「仇討ちじゃ。」と言うと、これもまた景虎は「仇討ちではない。天の命ずるところにより、我は成敗つかまつるのみ。」と訂正します。話が通じない感じに憲政は呆れながら「何でもよいわ。」と言うのでした。

そんな様子を見て、宇佐美定満(緒形拳さん)はなにやら考えている様子でした。

その時、武蔵に来ていた氏康は、無理をせず小田原城へ引き揚げる事を決断します。武蔵で寝返る者は捨て置き、味方に付く者には、各々の城に籠るよう指示します。

景虎が狙うのは氏康の首のみ、と考えた氏康は小田原城で迎え撃つ事を選択したのでした。

一方、勘助はその間に川中島に新たな城、海津城を完成させました。

香坂は城の目である丸い馬出があるおかげで、「平城であっても敵にこちらの動きや数が読まれないので、たやすく正面から攻められない。」と褒めたたえ、勘助からもっと色々習いたいと言います。

「敵から逃げるための城ではない。攻めるための城。景虎に勝つ為の城。」と勘助は言います。勘助は話を変え、香坂が34歳で未だ独身である理由を尋ねると、「勘助を見習って、御屋形様一途を貫いている。」と答える香坂。

勘助は香坂に屋敷に一度来るよう誘うのでした。これはリツ(前田亜季さん)の婿候補にするつもりでしょうか?

永禄4年(1561)正月。氏康が小田原城に引き上げた後も、景虎は厩橋城に留まっていました。宇佐美は、付いてきていた矢崎平蔵(佐藤隆太さん)に「そちには御屋形様がどう見える?」と尋ねると「軍神の化身如く見えまする。」と答える平蔵。

「人は皆、御屋形様をさように見たがっておるだけだ。御屋形様は神にあらず、人に過ぎぬ。

その力が強大になれば、おごりも生じよう。さすれば…危うい。」と危惧し、身震いするのでした。

確かに今回の景虎の態度はおかしいです。様子が変わってきたように思えました。

成田の妻を人質に

永禄4年3月。景虎は厩橋城を出陣し武蔵国に侵攻。その軍勢は10万を数えたといいます。相模の小田原城へ向かう途中、景虎の本隊は未だ従属していない武蔵、忍城に降伏を促しに来ました。

忍城はのちに豊臣秀吉の小田原城攻めで唯一落ちなかった城ですね!野村萬斎さん主演で映画化された「のぼうの城」で有名です。

直江実綱(西岡德馬さん)は景虎に、忍城主、成田長泰(利重剛さん)から人質を取るよう進言します。忍城に寝返られては、兵糧が断たれるからです。

忍城主、成田長泰は祖先が源氏との親交も深い名門の出であったので、景虎を迎え入れる時も上座に座ったまましばらく動かず、間を置いて下座に移り上座を景虎に譲りました。

「成田長泰、古より名族であるそなたが、氏康が下にいるのは忍びない。故に我は礼を重んじ、自らここに参ったのじゃ。これよりは我が先鋒となりて小田原に出陣されよ。」と景虎は要請します。成田は一瞬迷う感じを見せましたが、「承知つかまつりました。」と返事しました。そして酒肴を用意したと言って、景虎をもてなします。

景虎にお酌しに部屋に入ってきたのが、成田の妻、伊勢(井川遥さん)でした。直江たちは伊勢が景虎の生母、虎御前に似ているとどよめきます。

伊勢は、都から伊勢に出て船に乗り、東国に嫁いできたと話します。その時の船旅が過酷で富士山を見る余裕もなかったとこぼすと、景虎は小田原に一緒に付いてくるよう言い、そこで富士山をゆっくり眺めればよい。と言います。

景虎は成田の妻、伊勢を人質に取ったのでした。「城を落とすのに3日もかかるまい。」と言う景虎の言葉に成田は目をつぶり耐えます。怒っているのでしょうね。伊勢も表情一つ変えずに受け入れました。

これは宇佐美のいうおごりのような気がしますね。小田原城をなめてると思います。

それに母に似た女性を側に置こうとするなんて、女に興味がない素振りを見せながらどういう意図なのかよく分かりません。

小田原城攻撃

永禄4年(1561)3月13日。小田原城に、景虎が高麗寺山の麓に本陣を構えたとの知らせが入ります。長尾勢が一斉に小田原城へ攻めかかってきました。

氏康も号令をかけ迎え撃ちます。小田原城は、堅固な守りを誇る氏康自慢の城です。さらに氏康は各地で籠城する味方を、随時出陣させ、越後勢の後方を攪乱しました。

補給路を脅かし、包囲する景虎に逆に兵糧攻めを仕掛けたのです。小田原城は景虎が予想していた3日経っても落ちませんでした。

数の上では有利な越後勢は、所詮はまとまりを欠く烏合の衆だと氏康は読んでいました。長引くほど、北条に有利なのです。

三国同盟の武田は足柄から小田原に援軍をよこす予定です。しかし今川氏真(風間由次郎さん)は織田信長に寝返った松平元康(坂本恵介さん)と対陣している為、援軍は送れない状況です。

永禄4年3月24日。信玄は1万の軍勢を率いて北条を支援する為、都留郡吉田に着陣しました。信玄は景虎を越後に引き揚げさせる策を考えていました。

真田幸隆(佐々木蔵之介さん)は、既に信濃と越後の国境、長尾方の要衝である割ヶ嶽城を攻め落とす為に忍びを潜り込ませていました。攻めれば内応する者が現れると言います。

さらに相木市兵衛(近藤芳正さん)が、北信濃を守るのは景虎の叔父の高梨政頼。武田が北条の援軍に向かって安堵しているだろうと予想します。

国境を武田に脅かされたと知ったら、景虎は再び武田に矛先を向けるだろう。と信玄は考えます。その時こそ、長尾との決戦の時なのです。

信玄は割ヶ嶽城に、相木と原虎胤(宍戸開さん)を向かわせる事にしました。

割ヶ嶽城には、葉月(真瀬樹里さん)と河原村伝兵衛(有薗芳記さん)が入っており、城主の野尻が内応しそうでした。葉月が閨に忍び込んで確実にしようとするのを伝兵衛が止めて、プロポーズしました。葉月は女の武器を使わず落とす事を約束するのでした。

小田原城を囲んでいた景虎は、人質の伊勢が食事を取らない理由を聞いていました。伊勢は兵糧が尽きそうな状況なので食べないとの事。景虎の言う「神仏の加護」が信じられないという伊勢に、景虎は怒りを露にします。

そして、証明してみせると一人、小田原城の城門へ向かいます。

城門の前に座り込み、酒を飲む景虎に、北条の兵は無数の矢を放ちます。矢は景虎に当たりません。知らせを聞いた氏康が景虎を見にやって来ます。

さらに鉄砲を撃っても当たりません。

「何者じゃ。あのような敵と我らは戦っておるのか。」氏康はつぶやきました。

景虎の悠々とした姿に氏康は城から討って出る事はしませんでした。

景虎の勝ち、という事なんでしょうか?

関東管領就任式

小田原城攻撃からひと月以上経った頃、景虎は古式に則り、鎌倉の鶴岡八幡宮で関東管領、上杉家の家督相続の儀を執り行いました。

上杉憲政から「政」の一字を賜った長尾景虎は、関東管領「上杉政虎」となりました。

輿に乗って街の中を通る政虎の列に関東の諸将は皆、膝をついて迎え入れます。しかし、成田長泰だけ下馬せずその行列を見送っていました。

政虎は輿から降りて「成田長泰、何故下馬せぬか!無礼者!」と長泰を馬から引きずり下ろし、鞭で何度も打ち付けたのでした。

この出来事が関東の命運を分ける事になるのでした。

今回はこれで終わりです。関東管領になってさらにおごりが増しました。鞭で打つなんて引きました。しかも妻のいる目の前で!考えられませんね。

無礼者ってどっちが無礼者なんでしょう。こんな事をしていたら、人は付いていきません!

信玄も力で抑えつけようとして失敗した時期がありました。

次回、第47回「決戦前夜」です。

大河ドラマアンコール 風林火山 第47回「決戦前夜」のネタバレとあらすじと感想。


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