「軍師官兵衛」は、2014年1月5日から12月21日まで放送された大河ドラマです。

2018年4月からNHK BSプレミアムの日曜昼12時の大河ドラマアンコール枠で再放送しています。

2018年5月27日に放送されたのは、第9回「官兵衛試される」です。

前回、小寺政職(片岡鶴太郎さん)の名代として、織田信長(江口洋介さん)に拝謁した黒田(小寺)官兵衛(岡田准一さん)は、播磨攻略を命じられた羽柴秀吉(竹中直人さん)と出会い、意気投合しました。

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秀吉の命で播磨の様子を探りに行っていた竹中半兵衛(谷原章介さん)は、秀吉から官兵衛の話を聞いて、「その男、試してみてもよろしゅうございますか?」と挑戦的な目つきをしたのでした。

官兵衛への試練とは?

前回の第8回「秀吉という男」を見逃した方は、是非こちらをどうぞ。

軍師官兵衛 第8回「秀吉という男」のネタバレとあらすじと感想。

それでは、第9回「官兵衛試される」のあらすじと感想です。

半兵衛からの挑発

長浜城にいた官兵衛は、石田三成(田中圭さん)の案内で竹中半兵衛と対面。友好的な態度で接する官兵衛に対して半兵衛はなぜか挑戦的です。

半兵衛は官兵衛の挨拶を交わして早速、播磨を平定する手立てを官兵衛に聞きます。

官兵衛が「武力では何年もかかる上に多くの兵を失う。戦を避け、播磨のおもだった武将を説き伏せます。」と答えると半兵衛は「つまらぬ。それぐらい誰でも思いつく。それがしが聞きたいのは、ほとんどが毛利になびいている播磨の形勢を一遍に変える手立てでござる。」と言葉を遮るように質問を重ねます。

腹を立てた官兵衛は「今播磨において大をなすのは、御着の小寺、三木の別所、龍野の赤松。この三家の当主を揃って信長様に拝謁させまする。さすれば他の者たちは後れてはならじと競って織田方になびくのは間違いございませぬ。」と言い、容易ではないが必ず説き伏せてみせると大きく出てしまいました。

官兵衛は部屋に戻ると、栗山善助(濱田岳さん)、母里太兵衛(速水もこみちさん)、井上九郎右衛門(高橋一生さん)を連れて急いで播磨へ帰ったのでした。

官兵衛、半兵衛にまんまと乗せられてしまいました。どうも気が短いところがあって、先に突っ走る癖があります。

あと、私は赤松を滅ぼしたと思っていました。赤松政秀(団時朗さん)に勝っただけで赤松家を倒したわけじゃなかったんですね。

官兵衛が半兵衛に難問を突き付けられていた頃、岐阜城では秀吉が信長に対し、越前の一向一揆はまとまりに欠けているので、戦をするより、はかりごとで収まるだろうと言い、それよりも播磨へ兵を出すよう進言していました。

しかし信長は、「しばらくは官兵衛にやらせる。しくじればそれまでの男ということだ。」と言って秀吉の要求を退けました。

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説得

播磨に戻った官兵衛は、主君の小寺政職に播磨の三家で信長への謁見をお願いします。当然家臣団は「危険すぎる。」と大反対しました。特に赤松は宿敵です。

そこに櫛橋左京進(金子ノブアキさん)が「官兵衛の申す通り、赤松、別所が揃って行くのであれば、殿も行かれるという事でいかがでしょうか?」と出来ない事を見越して提案します。

小寺も出来ないと思って、左京進の提案に乗りました。

三木の当主、別所長治(入江甚儀さん)は18歳。叔父の別所賀相(ベンガルさん)と重棟(佐戸井けん太さん)が万事を仕切っていました。しかしうつけというわけではなく、学問に秀でているという噂でした。

官兵衛はまず三木城を訪ね、城主別所長治と会う事にしました。その席にはふたりの叔父もおり、賀相は毛利、重棟は織田につくよう意見が割れていました。

官兵衛の目の前で後見の二人の叔父が小競り合いを始めましたが、長治は官兵衛に意見を聞かれ、意を決したように「織田様にお会いしましょう。」と言います。

賀相に意見を遮られそうになり長治は「当主はこの長治にございます。それがしは織田につくのが最善の道と心得ます。」と改めて意見を言いました。

官兵衛は事前に書状で長治に「君主は臣下に統治の力を貸してはならぬ。」という兵法書の言葉を送っており、「官兵衛殿に教わりました。」と礼を言います。

「叔父たちの顔を潰さずやって来たが、18になり子供ではない。」と自分の意見を言う事にしたのでした。

こうして、別所は承知してくれました。

次に官兵衛は、赤松の龍野城へ行きました。長年の宿敵に緊張が走ります。当然のことながら門の中から兵たちが弓を引いて待ち構えていました。

官兵衛は丸腰で立ち「戦をしに来たのではない。広秀様にお会いして、播磨の行く末について話がしたい。同じ播磨の武士として、我らが共に生き残る道を話し合いたい。」と訴えかけても弓をおさめてくれません。「どうしてもそれがしを殺したければ話を聞いてからすればよい。話を聞かずに殺さば、赤松家に先はない!」と少々荒い言葉で言い、既に別所は話に応じたと言い、面会を迫りました。

武装した兵に囲まれながら、赤松広秀(野杁俊希さん)と面会をすることになった官兵衛。

今赤松は備前の宇喜多に攻められていて、小寺、別所、赤松の三家が手を結べば、赤松は安泰である上、宇喜多領も手に入れられると説きました。

官兵衛は一番困難とされていた赤松を説き伏せ、約束通り信長に会ってもらいたいと小寺に迫り、小寺も渋々承知しました。

官兵衛が三家を説き伏せた事は長浜にも伝わり、秀吉は官兵衛を疑っていた半兵衛に嬉しそうに報告するのでした。

官兵衛は小寺に具体的な日程と、献上品の話を持ちかけようとしたところ、小寺が急に「会わない。」と言い出しました。秀吉から、信長の上洛に会わせて播磨の三家も来るようにとの知らせが来て、日程も決まっていました。

職隆(柴田恭兵さん)も小寺の説得に当たりますが、小寺はへそを曲げたままです。

職隆は小寺の言動から、織田の為に働く官兵衛に腹を立て、嫉妬でへそを曲げたのだろうと推測します。困り果てていた時に御着へ大軍が押し寄せてきたと知らせが入りました。

荒木村重(田中哲司さん)率いる織田軍でした。

村重は大軍を率いたまま御着城に入り、小寺に拝謁。挨拶に来たと言います。

戦地に向かう途中に立ち寄り、「小寺様はいつ信長様にお会いなさる?」と聞いてきたのです。

大軍に圧倒された小寺は予定通り会うと約束したのでした。

対面のあと、村重は官兵衛に種明かしをします。

以前から播磨一円を調べていた竹中半兵衛が、小寺が渋っていると知り、信長にお願いをして村重が脅しをかけにきたというのです。

半兵衛が裏で操っていたと知ってくやしがる官兵衛でした。

竹中半兵衛という人は官兵衛より何枚も上手ですね!

その晩村重は、官兵衛と酒を酌み交わしながら親鸞の子孫、顕如(眞島秀和さん)のもとに集まる門徒が挙兵をする石山本願寺への攻撃を命令されたと言います。

村重は「本当は中国攻めの大将に命じられて官兵衛と一緒に働きたかった。」と秀吉のようにうまく立ち回れない、戦で勝つしかないと嘆くのでした。

播磨三家の拝謁

天正3年10月。京の妙覚寺において播磨の三大勢力である、小寺、別所、赤松の当主が揃って信長に拝謁しました。

一番年上の小寺が、代表で挨拶したものの、声は震え、言葉もしどろもどろで、信長は「大儀。」とだけ言って途中で立ち去っていきました。

挨拶のあと廊下で「何日もかけてやって来たのに、一言で終わるとは…。」と小寺は大きな声で文句を言って官兵衛を困らせます。

小寺と官兵衛の様子を見ていた半兵衛に、官兵衛はまず礼を言いながらも「我が主君を自らの手で説き伏せたかった。」と口惜しさも口にします。

「兵の情は速やかなるを主とす。」という孫子の言葉を持ち出して半兵衛は「戦いは迅速でなくてはなりませぬ。いつまで頼りにならない主君に振り回されているおつもりか?貴殿ほどのお力がおありならば、小寺政職など討ち取り、御着の城を乗っ取ってしまう方が楽なのでは?」と言いました。

「口が過ぎますぞ!」と憤る官兵衛に、半兵衛は「この度の御手柄、お見事でござった。」と褒めて「いずれまた。」と頭を下げ、立ち去っていきました。

官兵衛の読み通り、小寺ら三家の当主が信長に拝謁した事で播磨のおもだった勢力は織田方へなびきました。秀吉から播磨の形勢を伝えられた信長は「よい道具を手に入れたな。」と官兵衛の事を褒め、秀吉は喜んだのでした。

毛利軍押し寄せる

信長に敵対する石山本願寺には、大勢の門徒が集まって来ていました。その中心となるのが、親鸞の子孫、本願寺十一世法主、顕如(眞島秀和さん)です。

毛利輝元(三浦孝太さん)は、幕府再興を大義名分に織田と戦う覚悟を決め、石山本願寺の後ろ盾となりました。門徒たちは、越前や長島の一向一揆の恨みを晴らしたいと顕如に立つよう強く呼びかけていました。

姫路の黒田家の侍女3人も一向宗の門徒で、官兵衛が織田方に味方するならここにいられないと、出ていきました。

そしてとうとう、英賀の港におびただしい数の船が押し寄せてきました。毛利の船です。

戦が始まろうとしていました。

次回、第10回「毛利襲来」です。