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軍師官兵衛 第23回「半兵衛の遺言」のネタバレとあらすじと感想。

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「軍師官兵衛」は、2014年1月5日から12月21日まで放送された大河ドラマです。

2018年4月からNHK BSプレミアム日曜昼12時から、大河ドラマアンコール枠で再放送しています。

2018年9月2日に放送されたのは、第23回「半兵衛の遺言」です。

前回、荒木村重(田中哲司さん)が援軍を毛利輝元(三浦孝太さん)に直談判する為、有岡城を脱出し、尼崎城に移った事により、織田軍は有岡城に総攻撃をかけました。

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その隙をぬい黒田(小寺)官兵衛(岡田准一さん)は、栗山善助(濱田岳さん)、井上九郎右衛門(高橋一生さん)、母里太兵衛(速水もこみちさん)に1年ぶりに土牢から救出されました。

前回の第22回「有岡、最後の日」を見逃した方は、是非こちらをどうぞ。

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それでは、第23回「半兵衛の遺言」のあらすじと感想です。

目次

信長に謁見

天正7年11月。有岡城はついに落城。官兵衛は善助たちが潜伏していた屋敷に運び込まれ、手当てを受けました。しかし官兵衛は、土牢にいる夢を見ては、うなされていました。

牢番の子、玉松も官兵衛の指示のもと助けられ、別室で休んでいました。

官兵衛の救出はすぐに姫路の職隆(柴田恭兵さん)、光(中谷美紀さん)に知らされ、皆涙を流して無事を喜びました。

官兵衛のもとへ羽柴秀吉(竹中直人さん)が駆け付け、官兵衛の無事を喜びながらも1年牢に閉じ込められてきたその風貌に驚きます。官兵衛は、フラフラになりながらも秀吉に聞いたのは三木城の事でした。秀吉は、まだ三木城が落ちていない事と、半年前に竹中半兵衛(谷原章介さん)が亡くなった事を告げました。

そしていまだ村重に寝返ったと思い込んでいる織田信長(江口洋介さん)の誤解を解く為、会いに行こうと言ってきました。

秀吉の仲立ちで信長に謁見を果たした官兵衛。信長は、官兵衛の変わり果てた姿を見て、すぐに許しました。しかし信長は「そちに詫びねばならぬ事がある。」と言います。

秀吉が信長の言葉を遮って「いま一人お目通りを願っておる者がおりまする!」と言い、松寿丸(若山耀人さん)を呼びました。松寿丸は官兵衛を見るなり駆け寄ります。

何も知らなかった官兵衛は、松寿の無事を知り驚き、抱きしめて再会を喜びました。

「ご覧の通り、松寿丸は生きております。殺さずに匿ったのは、今は亡き竹中半兵衛にございます。松寿丸の事もあわせて何とぞ、何とぞお許しいただきたくございます!」と秀吉が言うと、信長は「半兵衛め、わしをたばかったか…さすがは希代の軍師。死してなお、この信長を手玉に取ったか。」と言い、自分の負けだと言って官兵衛に謝りました。

信長は秀吉に官兵衛を手厚く介抱するよう指示し、去っていきました。

官兵衛と善助たち、松寿丸は改めて無事と再会を喜びました。松寿丸は「すべて竹中様のおかげじゃ。」と家臣たちに言うのでした。

有馬温泉で療養

官兵衛は、弱った体を癒す為に、湯治場として名高い、摂津の有馬温泉に滞在していました。官兵衛の傍らには、善助、太兵衛が一緒に湯につかり見守っています。

しかし1年牢に入れられた記憶は根深く、温泉に癒されて眠りこんでは土牢にいる夢を見てうなされ、夜中に飛び起きていました。

九郎右衛門たち家臣たちは、辛抱強く官兵衛に寄り添い、療養の手助けをしました。

官兵衛は太兵衛の肩を借りて、杖をつきながら歩く練習を始めました。官兵衛の足は前のように歩けないだろうと覚悟し、九郎右衛門たちは、「生涯をかけ、殿の足になればよい。」と覚悟を決めていました。

歩く練習の途中、光が矢も楯もたまらず姫路から官兵衛に会いにやって来ました。上手く立てず転んでしまった官兵衛を抱きしめ、無事と再会を喜ぶ光。

続けて後ろの方で官兵衛の様子を見ていた松寿丸が駆け寄り、親子三人は感動の再会を果たしたのでした。

よかったですね~!三人が再会できたシーンは感動で泣きました。よかったです。

荒木一族の処刑

だし(桐谷美玲さん)ら荒木一族は、有岡城落城の際に織田軍に連行され、京の妙顕寺で捕らわれの身となっていました。

高山右近(生田斗真さん)はだしのもとを訪れ、裏切ったことを詫び、信長に助命嘆願していると言います。しかしだしは、自分の定めを受け入れており、尼崎城にこもったままの村重の事も恨んでいないと言います。

「殿には私の代わりにいつまでも生き続けて頂きとう存じます。」とまで言うのでした。まただしは、官兵衛が無事と知ると心から喜びました。

天正7年(1579)12月13日。前代未聞の成敗が行われました。村重のいる尼崎城外で、おもだった者122名を磔にし、残った500人余りを家4軒に押し込め火を放つという処刑が行われたのです。

だしは右近からその事を聞き、「これが裏切りの報い…。」と十字架を握りしめ、信長の怒りに身を震わせるのでした。

滝川一益(川野太郎さん)から尼崎での処刑の報告を受けた信長は、村重への見せしめだと言います。

明智光秀(春風亭小朝さん)が「これで村重への見せしめは十分でございます。京へ連れて参った荒木の一族はほとんどが女子ども。恐れながらこの上の殺生はお留まりを!」と止めましたが、村重が城を捨て逃げた事を「武士にあるまじき卑劣な行為」と許さず、荒木一族を探し出して根絶やしにするよう指示しました。

荒木一族は、処刑を前に泣きます。だしは一族の皆に「すぐに終わります。」と言い、キリシタンの聖歌を歌い始めました。

歌声を背に、だしは処刑されました。処刑を見守る群衆の中に、だしの子を抱きかかけた侍女もいました。

12月16日。だしをはじめ荒木村重の一族36人が京の六条河原で処刑されました。

村重は尼崎城でだしらの処刑を知らされ、涙を流し発狂しました。大事に持っていた茶碗をなぎ倒して壊し暴れました。

荒木村重は城を捨て、逃亡。行方不明になりました。

半兵衛の軍配

官兵衛は一人で杖をついて歩く練習を始めていました。光、松寿をはじめ、太兵衛たちも傍らで見守ります。しばらく歩いたところで転び、すぐに太兵衛を呼びました。

毎日歩く練習を手伝っていた太兵衛は、官兵衛が良くなってきているのを実感していましたが、もうあと一歩というところで官兵衛の気力が尽きてしまっているのを見抜いていました。

善助たち家臣では、分かっていてもどうすることも出来ず、話し合っているところを松寿が聞いていました。官兵衛は、土牢に入れられた心と体の後遺症に苦しんでいたのです。

官兵衛が良くなってきたという事で、松寿丸が九郎右衛門と先に姫路に戻ることになりました。帰る前に官兵衛に渡したい物があると言います。

官兵衛が、松寿から手渡された箱を開けると、軍配が入っていました。

「竹中半兵衛様からお預かり致したものです。最後のお別れをする際に、父上に渡して欲しいと。」と松寿丸は言います。

官兵衛は軍配を見つめながら、「半兵衛殿はわしにまだ働けと申されるか。」と、半兵衛から生前伝えられていた軍師の心得や、官兵衛に軍師の後を継いでもらいたいという言葉を思い出しました。

官兵衛はゆっくりと自分一人で立ち上がり、軍配を振ります。そして「光、養生は終わりだ。姫路へ戻るぞ。」と言い、微笑むのでした。

天正8年(1580)正月。官兵衛たちは揃って姫路へ戻りました。

家臣たちは揃って官兵衛の帰りを喜びます。職隆と休夢(隆大介さん)も、涙を浮かべ喜びました。

官兵衛は心配をかけた事を詫び、体が前のように動かす事が出来ない事を告げると、家臣たちは官兵衛の代わりに働くと口々に言い、官兵衛を喜ばせました。

官兵衛は杖をついて一人で歩けるようになり、半兵衛の墓参りをしました。そして平井山の秀吉の陣へ戻ったのでした。

ここで今回の話は終わりです。

半兵衛の凄さが分かる回でしたね!

それから牢番の子も引き取って、官兵衛のもとには次々と子どもが引き取られていっています。官兵衛に恨みを持って討とうとした子どもはいなかったみたいですから、光と官兵衛は子育てが上手な人だったんだろうなと想像します。

玉松は次男で、牢番の加藤又左衛門は、実際は有岡城を出て長男と生き延びたらしいです。

次回、第24回「帰ってきた軍師」です。

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官兵衛は主君小寺と再会します。

官兵衛も職隆も小寺に対してどんな言葉をかけるのでしょうか?

見逃せません!


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