「軍師官兵衛」は、2014年1月5日から12月21日まで放送された大河ドラマです。

2018年4月からNHK BSプレミアム日曜昼12時から、大河ドラマアンコール枠で再放送しています。

2018年9月9日に放送されたのは、第24回「帰ってきた軍師」です。

前回、栗山善助(濱田岳さん)ら家臣たちに有岡城より救出された黒田(小寺)官兵衛(岡田准一さん)は、ボロボロの姿のまま羽柴秀吉(竹中直人さん)に織田信長(江口洋介さん)の前に連れられ、その姿を見て裏切っていなかった事を確信した信長に許されました。

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無事戻ってきた松寿丸(若山耀人さん)と共に有馬温泉で、弱った体を療養した官兵衛は、姫路に戻りました。

わずか数か月の療養で三木城を攻める秀吉の陣に軍師として復帰した官兵衛。播磨平定の総仕上げにかかることになりました。

前回の第23回「半兵衛の遺言」を見逃した方は、是非こちらをどうぞ。

軍師官兵衛 第23回「半兵衛の遺言」のネタバレとあらすじと感想。

それでは、第24回「帰ってきた軍師」のあらすじと感想です。

三木城開城

官兵衛は、別所長治(入江甚儀さん)が城主の三木城に、長治の叔父別所重棟(佐戸井けん太さん)を伴って、降伏を促す織田方の使者として入りました。

「長治様と御一族がお命を差し出せば、残る家臣たちは助けると羽柴様は仰せでございます。家臣たちを守るのが城主の務め。毛利は動かぬ。摂津の有岡城の末路はご承知のはず。」と荒木村重(田中哲司さん)の一族が、裏切りの代償として下された織田の仕置きをちらつかせ「家臣を守るのも城主の務め。」と説得します。

鬼気迫る官兵衛に追い詰められた長治は、秀吉の申し出を受けました。

長治が申し出を受けたと秀吉に報告した官兵衛は、三木城内にいる兵たちに酒肴を贈るよう進言します。播磨での織田の評判が良くないので、城兵を助けた上、酒肴を振舞う事で播磨内での織田の評判が良くなり、今後動きやすくなるだろうと言うのです。

秀吉は感心し、承諾しましたが、蜂須賀小六(ピエール瀧さん)は「官兵衛は何やら変わったのではあるまいか?」と官兵衛の変化に戸惑うのでした。

天正8年1月。別所長治一族は自害し、三木城は開城しました。秀吉は城内の兵を約束通り助けて、2年に渡る三木城攻めが終わりました。残るは小寺のみとなりました。

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政職が御着城から逃亡

三木城開城を受け、小河良利(磯部勉さん)は、織田の影に怯えて兵を出すか、籠城するか、何も決められない小寺政職(片岡鶴太郎さん)を見限り、姫路の職隆(柴田恭兵さん)を頼ってきました。御着城は小河以外にも次々と逃げ出す者が後を絶たないと言います。小河自身はどうなってもいいが、せめて嫡男だけでも黒田で召し抱えて欲しいとの事でした。

よくもまあ、来れましたよね~。散々職隆に嫌な態度を取り続けていたのに!

一方、御着に残っていた江田善兵衛(上杉祥三さん)は、三木城での別所長治の振る舞いを伝え、小寺にも自害するよう迫りましたが、小寺が承知するはずもなく、「腹を切ると仰せであれば、斎様だけはご助命をと、黒田に掛け合うつもりでございましたが、もはや愛想が尽きました。」と江田は小寺のもとを去っていこうとします。

すがる小寺に「今まで、よくぞこのような主君に仕えてきたものよ。生涯の不覚であった。」と小寺を振り払い、御着城を出ていきました。

残された小寺も、「わしが間違ったか?お紺があれほど言うたのに、官兵衛を裏切ったばかりに。」と言い、斎(相澤侑我さん)を連れ御着城から逃亡しました。

混迷を極めた播磨の混乱は、ようやく終わりました。

黒田家と政職の対面

井上九郎右衛門(高橋一生さん)が、「毛利領に逃れようとしていた小寺と斎を捕らえた。」と職隆に報告しました。小寺は「おことの主君じゃぞ。」と縛られた縄を解けと言います。

小寺と対面した職隆は「その主君に我が黒田家は、見捨てられたのでございます。官兵衛はあなたにたばかられ、危うく命を落とすところでござった。」と怒りに身を震わせます。

「何かの行き違いじゃ。」と言って非を認めない小寺に「殿が1年も牢に入れられていたのは誰のせいか!」と母里太兵衛(速水もこみちさん)も怒り心頭です。

小寺は全てを村重のせいにして、職隆に古い付き合いだと情に訴えかけて、助けてもらおうとします。

「そのような事、関わりない!官兵衛は、それがしの大事な息子。それをあなたは…!何故、何故、官兵衛を!」と言って職隆は刀に手をかけ、小寺に迫ろうとしたころに官兵衛が現れました。

体が不自由になった官兵衛の登場に、顔を上げられない小寺。小河と江田のせいにして、ただただ許しを請います。

官兵衛は16歳から仕えてきて、実の息子のように思われていると思っていたと悲し気に言い、縄を解くよう指示しました。そして小寺と二人きりで話し始めました。

官兵衛は短刀を渡し、小寺に切腹を迫りましたが、小寺は泣いて「許してくれ。」と拒否し、逃げようとします。官兵衛は小寺を追いかけ追い詰め「かくなる上は致し方ございませぬ。」と刀を抜き、小寺の前に差し出し「城主としての務めを果たされよ。」と迫りました。

離れた場所で話を聞いていた家臣たちも職隆も止めません。斎が泣いて職隆に小寺の助命を頼みますが、応じません。

官兵衛は刀を振り上げ、「小寺…、覚悟!」と振り下ろしました。

……官兵衛は小寺を斬ることが出来ませんでした。そのままその場に座り込みます。

小寺は官兵衛に「助けてくれるのか?すまぬ。」と大泣きして謝りました。官兵衛は小寺をまともに見ることが出来ずに目をそらし、小寺と斎が出ていくのを黙って見逃しました。

官兵衛の小寺への裁きは、これで終わりました。

官兵衛は、秀吉に小寺を逃がした事を謝りました。秀吉は「政職は、家臣はもとより、領民からも愛想を尽かされておったそうではないか。そのような者をどこに逃がそうと構わん。」と許しました。

確かに、誰からも慕われていなければ誰からも助けてくれないでしょうし、反旗を翻してどうこうも出来ませんよね。官兵衛が殺さなくても領民に殺されるかもしれないですから。

官兵衛は「斬ろうとはしました。しかし斬れませなんだ。それがしの甘さでございます。」と言い、軍師として至らない、半兵衛の代わりになれないと重ねて詫びます。

しかし秀吉は笑い飛ばし「憎い仇を斬らずして逃がす。それでこそ官兵衛じゃ。少し気負っていたのではないか?死んだ半兵衛の分まで働かねばならんと。官兵衛は官兵衛じゃ。そういう男だからこそ、わしは官兵衛が好きなんじゃ。そういう男だからこそ、わしは官兵衛を信用出来るんじゃ。」と肩を叩いて励ましました。

こうやってちゃんと褒めて、思いを伝えてくれるところが信長との違いです!天下を取れる男は力だけじゃなくて、心でも従わせるところがないと!さすが人たらし秀吉です!

播磨の主となった秀吉の為に、官兵衛は姫路城を造り替える事にしました。自ら設計図を書きました。

この頃、信長は正親町天皇の仲介で、石山本願寺との和睦を図っていました。佐久間信盛(立川三貴さん)の交渉により、10年にわたる戦いは終わりを告げました。

功績を上げたかにみえた佐久間でしたが、信長は「この5年本願寺を囲んでおきながら、格別の武功を全く上げておらぬ。武士らしく戦う事をせず、調略もせず、ひたすら寺を囲むだけというのは、分別もなく、未練がましい事である。30年も奉公している間に、比類なき働きをしたと称される事はただの一度もない。この上はどこかの敵を平らげ、恥をそそいでその後に帰参するか、敵と戦って討ち死にするしかない。信盛は髪を剃り、高野山に隠居し、この先幾年も許しを請うべきである。」と言い渡され、有無も言わさず引退させました。

他の重臣たちはなすすべなく、ただ黙って見守るしかありませんでした。

黒田家が大名になる

天正8年(1580)9月1日。官兵衛は、秀吉から福井庄6200石、石見庄2700石、伊勢村上下1100石、1万石を賜りました。官兵衛もこれで大名になりました。

職隆は「目薬を売って糊口をしのいでいた黒田家が、10万石の大名になるとは!」としみじみ言い、休夢(隆大介さん)は「父上がご存命なら、さぞや喜ばれたであろう。」と涙を流しました。

官兵衛は家臣たちと職隆たちに、光(中谷美紀さん)に用意させていた藤の花をかたどった家紋の旗を広げて見せました。黒田家の新たな家紋としたいと言います。職隆は、官兵衛に藤の花である理由を尋ねました。

官兵衛は「1年にわたり、有岡城の土牢に幽閉されておりました。日も当たらぬジメジメとした牢の中で、松寿も死んだと聞かされ、生きる望みを失いかけておりました。その時、牢の中から見えたのが、この藤の花。藤の花をみるとあの時の辛い思いが蘇る。それと同時に生きようとする思いもわいてくる。」と語り、善助、九郎右衛門、太兵衛に、三人が来てくれることを信じて待っていたからこそ、牢の中で生きることが出来たと感謝の気持ちを述べました。

そして「我らは多くの死を見てきた。身内、家臣、そして恩人。死があればこそ、命は重く、そして尊い。黒田の者は皆、命の重みを噛み締め、共に力強く生き抜いていくのだ。この思いをこの家紋に込める。」と家臣たちに宣言したのでした。

ここで今回は終わりです。

軍師官兵衛、新たな一歩を踏み出しました。

次回、第25回「栄華の極み」です。

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