大河ドラマ「西郷どん」で、徳川幕府最後の将軍となる一橋慶喜(ひとつばし よしのぶ)を演じるのは松田翔太さんです。

品川宿でのヒー様こと一橋慶喜と西郷吉之助との出会いは印象に残るものでした。

c8ee6e6a7dc9c62749a588f5dbdb793b_s_043018_011826_PM

着流し姿の一橋慶喜のカッコイイ登場に大河ドラマファンは一様に見惚れてしまったことでしょう。

その一橋慶喜の人物と扮する松田翔太さんの演技やプロフィールについてまとめてみました。

一橋慶喜ってどんな人物?

第9代水戸藩主・徳川斉昭の7男として1837年に生まれた松平七郎麻呂が後の一橋慶喜となる子供の幼名です。

七郎麻呂は水戸で育てられ弘道館で学問・武術を学び、その優秀な才知は江戸幕府の中でも評判となっていました。

後の1847年には御三家のひとつ一橋家に世継ぎとして養子に迎えられ一橋慶喜となります。

林真理子さんの原作小説「西郷どん」では当時の諸国の大名の言葉として“英明このうえない盟主”として一橋慶喜を語る場面がたびたび描かれています。

具体的なことはそこには記されていないのですが、やはり水戸の弘道館では“尊王攘夷”論が盛んでその思想を学んだ一橋慶喜に期待する諸侯の気持ちも賞賛の言葉に含まれていたのだと思います。

しかし、一橋慶喜の後半生のエピソードとしては、

  • カメラの撮影に興味を持ち、顕微鏡や油絵、自転車など西洋文化に関心を寄せていた。
  • フランス語を学んでいた。
  • パンや牛乳を好んで食べていた。

ことが後になって伝えられていて、本当は尊王攘夷の旗頭という評判とは違う形での知性派の人物だったようです。

スポンサーリンク

一橋慶喜が歴史上注目される理由

大河ドラマ「西郷どん」では一橋慶喜が将軍職に就くまでの経緯を詳しく描いていますが、やはりこの人物が歴史に名を残したのは大政奉還の決断です。

保元・平治の乱以来、武家が政治を司って来た長い歴史を終わらせ天皇を中心とした元の政治体制に戻すとした大政奉還上表を朝廷に申し出て徳川幕府を終わらせます。

もっともこの徳川慶喜の決断には、朝廷には外交能力が無く政権を引き継いでも諸大名を束ねられないという予測があったようです。

その現われが征夷大将軍の職を徳川慶喜はこの時1867年には手放していないのです。

諸大名の統領として実質的に政権を掌握する意図があったのだという説もあります。

一橋慶喜役の松田翔太の演技は?

ところで、一橋慶喜を演じている松田翔太さんの気っ風の良い粋な姿が評判になっています。

先々代の将軍・家定が「単に自分より慶喜の方が美形であったから」という理由で、将軍職を一橋慶喜に譲らなかったと伝えられている逸話が本当に思えるほど、松田翔太さんの一橋慶喜は美しいのです。

当時の言葉で言えば、歌舞伎の千両役者の様に惹きつける魅力のある松田翔太さんの一橋慶喜。

それに、徳川御三家の世継ぎとしての気品のある風情も松田翔太さんの演技から感じられます。

松田翔太のプロフィール

「西郷どん」で一橋慶喜役の松田翔太さんのプロフィールをご紹介しておきます。

松田翔太さんは、1985年9月10日に俳優の松田優作さんの次男として東京都杉並区で生まれます。

兄は俳優の松田龍平さん、妹のゆう姫さんはミュージシャン、お母さんも女優で写真家の松田美由紀さんで、松田翔太さんは芸能人の一家のなかで育ちました。

1989年翔太さんが4歳の時に父の松田優作さんが癌で亡くなります。

それでも、海外に夢を馳せる翔太少年はサッカー選手を目指しイタリアへサッカー留学、ニューヨークへ単身での滞在、ロンドンでの美術学校への留学経験を積みます。

そして、2005年に突然20歳で俳優としてドラマ「ヤンキー母校に帰る~旅立ちの時 不良少年の夢」で芸能界入りし、人気ドラマ「花より男子」では名優の血を引く演技で好評を得ます。

さらに松田翔太さんは2008年の大河ドラマ「篤姫」では、一橋慶喜の先代の将軍・徳川家茂を演じていたのです。

2代の将軍の役を同じ大河ドラマで演じた俳優は珍しいのではないのでしょうか?

そして、松田翔太さんは2018年4月25日にモデルの秋元梢と結婚したことを発表しています。

これからも俳優として活躍が期待される松田翔太さんです。

最後に

大河ドラマ「西郷どん」で一橋慶喜を演じている俳優は松田翔太さんでした。

美しく気品のある姿と演技は松田翔太さんの生まれ育った環境が影響しているのかも知れませんね。

いよいよこれからはドラマの中で一橋慶喜は歴史の中心人物の1人として描かれてゆきます。

結婚を決めたばかりで前途洋々の松田翔太さんの演技が「西郷どん」の役の中で益々輝いてゆくことを祈りたいと思います。