7月15日放送の「西郷どん」第26回から、西郷が島生活から帰還。

西郷どん 第26回「西郷、京へ」のネタバレとあらすじと感想。

勝海舟・坂本龍馬・岩倉具視と、幕末に活躍する3人が新たに登場します。

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今回は3人の中から、勝海舟とそれを演じる遠藤憲一さんについて、詳しく調べてみました。

勝海舟の生い立ち

江戸の下町、両国生まれ。幼名は勝麟太郎、文政6年(1823年)生まれです。父は旗本の三男で、同じく旗本の勝家に婿入りしました。知行は41石(ざっくり今で言えば、年収100万円ぐらい)で職もなく、叔父や屋敷や妻の実家に間借りするような、貧しい暮らしぶりでした。

旗本の子らしく、剣術修行に励みます。直心影流の免許皆伝でした。しかし、性格的に剣の道が合わなかったのか、これからは学問の時代だと考えたのか、勉学にのめり込み、長井青崖の元で蘭学を学びます。さらに蘭和辞書の『ドゥーフ・ハルマ』を1年間10両でレンタル、寝る間も惜しんで筆写してオランダ語の読み書きを習得しました。

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私塾を開き、幕閣に大抜擢

16歳で家督を継ぎ、1850年頃に蘭学と兵法の私塾「氷解塾」を開きます。この頃、清がアヘン戦争で英国に敗れ、次は我が国かも知れないと、人々の間に危機感が広まります。蘭学を学びたい人が急増、勝の塾も生徒が増え、経営は順調でした。

蘭学塾の評判が幕府にも伝わり、老中・阿部正弘に見出され、異国応接掛附蘭書翻訳御用に抜擢されます。さらに、長崎海軍伝習所を創設。安政2年からの3年間、長崎で過ごしました。このとき、薩摩藩主・島津斉彬と謁見し、薩摩とのつながりができたようです。

そして安政6年(1859年)、幕府がオランダに注文した蒸気船・咸臨丸で、アメリカに向かいます。日米修好通商条約締結にともなう使節団として派遣されました。使節団には、軍艦奉行の木村摂津守や通訳のジョン万次郎、福沢諭吉など、98名の幕臣が名を連ねます。なお、サンフランシスコに到着したときには、3名が病死したほど、過酷な航海でした。

勝は、船酔いであまり役に立たなかったとの逸話が残されています。そのせいか、帰国後は海軍から教育畑に転属となります。世の中では安政の大獄から桜田門外の変が起こり、激動の時代へと移り変わります。

坂本龍馬、西郷隆盛との関わり

文久2年(1862年)に、坂本龍馬が脱藩して江戸にやってきました。そして松平春嶽の仲介で勝と出会い、勝の開国論や世界観に感服した坂本龍馬は、勝の弟子になります。勝は土佐の藩主・山内容堂に取りなして、脱藩を赦免してもらいました。そして勝の海軍構想の一つとして神戸海軍操練所を立ち上げるため、坂本龍馬が奔走します。

また、大阪で西郷隆盛と勝が面談し、勝の見識に西郷が感銘を受けます。西郷は幕府打倒後の、新しい日本の構想について開眼。そして西郷と坂本を引き合わせたことが、後の薩長同盟につながっていきます。

結局、神戸海軍操練所は廃止されます。しかし勝は元訓練生を薩摩に託し、その芽は亀山社中という日本初の株式会社とも言われる組織へ受け継がれます。

江戸城無血開城

その間にも、京都を舞台に幕府、朝廷、薩摩、長州、会津などが政治的な闘争を繰り広げていました。禁門の変、長州征伐を経て、龍馬が立て役者となった薩長同盟が結ばれます。倒幕の動きが進む中、それをかわすかのように将軍・徳川慶喜が大政奉還を成立。しかし政治体制は旧幕府のままであり、薩摩・長州などの倒幕勢力は不満を抱きます。王政復古の大号令も発令され、最終的に薩摩・長州らの新政府軍と、旧幕府軍が武力衝突を起こしました。鳥羽伏見の戦いです。

徳川慶喜は鳥羽伏見の戦いで大敗、江戸に逃げ帰って寛永寺で謹慎します。徳川慶喜は勝に幕府軍陸軍総裁という職を任命します。しかしいわば敗戦の将、勝利は難しいと悟り、勝は慶喜の命だけは守ろうと西郷隆盛らと交渉。無事、江戸城無血開城を果たしました。

維新後、引退するまで

明治維新後は慶喜について駿府に向かい、静岡藩士となります。その後、明治政府に登用されますが、短気な江戸っ子気質が新政府と合わなかったのか、すぐに辞めてしまいました。

その後は名誉職として給料をもらいながら、77歳まで悠々自適な生活を送ります。西郷隆盛の西南戦争や大久保利通の暗殺などの原因になった政府内の政治闘争や、横領などの汚職を鋭く批判した『氷川清話』をまとめました。また、同じく隠居生活をしていた篤姫と、屋形船で語り合うこともあったそう。

最後は脳出血で倒れて亡くなります。ブランデーを死に水代わりに口に含ませられ、最後の言葉は「コレデオシマイ」だったそう。江戸っ子らしい、潔い死に方でした。

勝海舟を演じる遠藤憲一さんについて

プロフィール

  • 1961年6月28日生まれ (現在57歳)
  • 東京都品川区出身
  • 血液型 O型
  • 身長 182cm

家族

元タレントの晶子さんと、4年間の交際の後、1990年に結婚。奥さんは現在、所属事務所の社長とマネージャーを兼任しています。お二人の間に、子どもはいないそうです。

恐妻家だと公言。奥さんは雑誌のインタビューで料理はしないと答えていて、遠藤憲一さんがそばのチェーン店で1人で食事をする姿や、コンビニ弁当を買って帰る姿が目撃されています。

経歴

小学校までは品川区に通い、中学からは横浜に引っ越しています。中学生のときは真面目な生徒だったようです。しかし入学した横浜商工高等学校(現・横浜創学館高等学校)には不良が多く、感化されて本人もツッパリスタイルに。しかし暴力などとは無縁だったようです。

あまり真面目に勉強をしなかった遠藤憲一さん。「長期休暇中に教科書を机に入れっぱなしにしている場合は焼却処分」という規則により、教科書を処分されてしまいます。その後、教科書を買い直さなかったため「教科書を忘れたものは教室の後ろに立って授業を受けること」という規則により、授業を立ちっぱなしで受けます。さらに勉強が分からなくなってしまい、そのまま2学期の途中で中退してしまったそう。

その後はアルバイトを転々としますが、劇団員募集の広告を見て、軽い気持ちで応募して俳優に。辞め癖があり、1度は離脱するものの、劇団フジ・東京宝映(現宝映テレビプロダクション)という劇団に落ち着きます。

22歳のときにドラマデビュー。刑事ドラマや時代劇での端役が続きます。その後、オリジナルビデオと呼ばれる、劇場公開はせずにビデオ販売やレンタルを前提として作られた作品(いわゆるVシネマなど)に多く出演。任侠もの作品で、その鋭い眼光と長身で凄みのある風貌を活かした悪者役が評価されます。

40代までは、悪役のイメージが強い俳優さんでした。結婚3年後、奥さんがマネージャーになった頃が転機となります。奥さんの方針で、テレビ中心への活動に転換。2009年に「湯けむりスナイパー」で連ドラに初主演しました。ドラマ「白い春」での大橋のぞみちゃんの父親役が話題となります。怖い外見と、小心者な内面というギャップから、コミカルな役が増えてテレビでの仕事が増加。2017年にはタレントCM起用社数ランキングで男性部門の1位になるなど、売れっ子人気俳優となりました。

主な出演作品

テレビドラマ

1983年のNHKのドラマ初出演後、数々のドラマに出演しました。最近出演したドラマをいくつかピックアップします。2015年テレビ朝日の「民王」では息子と人格が入れ替わる総理大臣役で主役を、ドクターXシリーズでは、ちょっと情けない海老名教授役で名脇役ぶりを披露しています。2017年朝ドラ「わろてんか」でヒロインの父役を演じました。またテレビ東京では、大杉漣さんなど名脇役6人がシェアハウスで暮らすという異色のドラマ「バイプレーヤーズ」が2017年に放送、話題になりました。

大河ドラマにも、過去何度か出演しています。

  • 「翔ぶが如く」第45・46話(1990年) 永山弥一郎 役
  • 「秀吉」(1996年) 佐久間盛政 役
  • 「北条時宗」(2001年) 三浦光村 役
  • 「武蔵 MUSASHI」(2003年) 原田休雪 役
  • 「平清盛」(2012年) 北条時政 役
  • 「真田丸」(2016年) 上杉景勝 役
  • 「西郷どん」(2018年) 勝海舟 役

年を追うごとに実力をつけ、重要な役をまかされるようになっていますね。

映画、オリジナルビデオ

数々の映画にも、名脇役として活躍。2008年頃はオリジナルビデオ作品で、いくつか主演を演じています。

ナレーター

近年では、その渋い声を活かしたナレーションのお仕事も。戦争や震災をテーマにしたドキュメンタリーのナレーションを多く手がけています。

有名なところでは、あのマトリックスの予告編のナレーションも、遠藤憲一さんのお仕事だそう。

まとめ

幕末の偉大な英雄・西郷隆盛と坂本龍馬の2人に、多大な影響を与えたとされる勝海舟。塾の経営に成功し、幕臣として重用されますが、その江戸っ子気質からか、明治以降は特段の出世はしませんでした。幕末から明治後の政治は、権謀術数を駆使する政治闘争の面が強いと言われ、勝海舟の性格とは合わなかったのかもしれません。

遠藤憲一さんは、悪役から刑事役、頼りないオヤジ役までこなす、確かな演技力の持ち主。なんでも、スケジュールが空いている限り、どんな役も断らないという方針だそう。坂本龍馬ら多くの塾生から慕われる懐の深さ、そして江戸っ子らしい短気な面を持つ勝海舟を、どのように演じてくれるのかとても楽しみです。